Carving the floating world

Carving the floating world

木版の世界最古の印刷物は、奈良時代に遡る。称徳天皇の命で作られたもので、奈良の法隆寺に収められている。四種類の延命や除災を願う経典を木版で印刷をしている。つまり、仏教の流布の目的で作られたことから、文字のみの印刷であり、絵画としての木版は江戸時代に初めて現れる。
京都において初めて挿絵としての木版画が誕生する。はじめは稚拙な技術での木版の挿絵だったが、出版文化が江戸(東京)に移ってからは、急速に木版技術が発展した。1600年後半には浮世絵師、菱川師宣の名を記した冊子の挿絵が評判となり、それ以降、独立した観賞用の木版画が作られるようになった。
版木には良質のサクラ材が使われ、また和紙もこの時代に急速に技術が高まったおかげで、木版画の全盛期を迎えることになる。
東洲斎写楽、喜多川歌麿、葛飾北斎、安藤広重など、素晴らしい木版画が江戸時代に誕生した。

現在では、学校教育の中でも小学校中学年より、木版画を美術教育の中にとりいえることで、最も親しみやすい版画として一般に普及をしている。
しかしながら、木版画を専門にしているアーティストは、現在、かなり少ない。今回若い日本の木版画のアーティストを紹介できることは、私たちにとっても嬉しく、またこのアーティストたちによって、さらに木版画の技術が発展し、また普及していくことを望んでいる。

二階武宏(1980年、愛知生まれ)は、18世紀の終わりにイギリスで発展した木口木版画を制作している。木口木版で使われる版木は、板目の版木よりも硬質であることから、彫刻刀ではなく、ビュランという特別な道具を使う。木口木版の版木は、椿、柘植、梨、楓といった密度の高い木材を使うが、その木口を使うため、小さな版画に適しているといえる。
彼の作品の多くは、何かしら不穏な雰囲気が漂い、時として激しさを感じるにもかかわらず、どこかに静謐な空気が流れている。音のない世界にひそむ脅威とでもいおうか。小さな作品の中に広がる宇宙は、広く、深く、暗い。しかし、一度彼の作品を目にすると、そこに引き寄せられ、目を離すことができない。

大坂秩加(1984年、東京生まれ)は、日本で現在最も人気も実力も高いリトグラフ作家である。彼女の作る木版画は、大変珍しいのだが、技法は、日本の江戸時代に大いに発展した技法を使っている。
美しい色合いと柄は、ここでも遺憾無く発揮されている。また、その作品には、いつものように、悲観的な思いと同時に溢れる若いエネルギーを感じさせる、ポジティブなストーリーが流れている。今回は木版画ということもあり、彼女の作品は一点のみの展示となるが、そのユーモラスな構図と彼女の独特な色使いが圧倒的な存在感を醸し出している。

田中彰(1988年、岐阜生まれ)は、今回のグループ展の中で最も若いアーティストだが、最もシンプルで伝統的な木版画を制作する。また、彼は、木版画のみならず、木材を用いた様々な作品を日本で発表している、今注目の作家でもある。
今回の展示作品は、彼のなんの変哲もない日常を、まるで日記を書くかのように作った小品の数々だ。近所にいる猫、南国の植物、農作業の男性、個性的な顔立ちの女性のポートレートなどなど、私たちが日常に見過ごしている小さな出来事や物、人に目を留めた作品は、どれを取っても温かなぬくもりとあじわいを感じさせてくれる。

吉田潤(1982年、東京生まれ)は、学生時代に日本画を学び、そこから木版画の
世界に入ったという変わった経歴を持っている。
緻密な作品には、金箔、コラージュを多用して、新しい木版画を切り開いているアーティストである。版画の良さは、同じ作品を何枚か作れることにあるが、吉田はあえて、その複数枚作れることを選ばず、オリジナル作品にこだわっている点も大変ユニークだと言える。彼の作品は、確かなデッサン力に裏打ちされた繊細な描写が多く、その技術力の高さをぜひ実物で見ていただきたい。

湯浅克俊(1978年、東京生まれ)は、今回のアーティストの中では年長に当たるが、彼の木版画への情熱を世界の様々な若いアーティストに伝える活動を、自身の制作と並行して行っている。 日本の木版画の将来を担っているともいえる、若手の第一人者である。
彼の作品は、デジタルカメラで撮影した画像を使って、自ら光と影を再認識しながら彫り進め、完全にアナログへと回帰させた大変独自性溢れる作品を作っている。
デジタルカメラで映し出された画像は、湯浅の目と手を通してさらに厳密に光と影、存在と見えないが確実に存在している何か(例えば空気)を表現している。
白黒の作品であっても、確かに黄金に輝く光を見ることができ、凍てつく水の冷たさを肌に感じる。一見しただけでは感じ取れない感覚は、時間をかけて作品を見れば見る程、より鮮やかに浮かび上がってくる大変不思議な作品でもある。
また、今回は、CMYKというシアン、マゼンタ、イエロー、ブラック、この4成分の色での多色刷り版画を披露している。
シアン、マゼンタ、イエローは色料の三原色で、この三原色で全ての色を作り出すことができる。この三原色を混ぜ合わせれば、理論上は黒色ができるはずだが、厳密に言えば、黒にはなり得ないため、黒色を加えた4つの色のみで、この多色刷り版画は出来上がっている。
光と影、色とはなにかを彼の作品で改めて学び、かんじることができるはぜである。

2016-05-24T22:08:30+00:00