Opening:2017年5月11日(木)18時〜21時 作家在廊の予定
Duration: 2017年5月12日〜6月24日

榎本敏雄 プラチナプリント〜日本の心象

実は、写真家、榎本敏雄は当ギャラリーのコレクター、あるいは常連の中ではかなり知られた存在である。
2012年春に開催した彼の展示、“かぎろひ”では、大変多くの方々が展示に足を運んでくださった。それ以来、ドイツ内での彼の作品を好むファン層が広がってきている。

2012年の展示から5年。彼は桜を追い続けていた。

語り難い色と佇まいを持つ桜に情熱を傾けて、彼はさらに写真を撮り続けている。さらに彼は今まで長年関わってきた桜の作品シリーズを進化させるべく、 写真印刷技術の過去へと目を向けて静かに自身で試行錯誤を続けてきた。
結果として、彼はプラチナプリントでの彼の長年情熱を傾けてきた桜のシリーズを完成させたのである。

プラチナプリントの歴史は19世紀後半のイギリスで始まる。第一次世界大戦の軍需によりプラチナが高騰したことによって衰退をしていくが、最近になってプラチナプリントは、その美しさ、優れた耐久性などから再び脚光を浴びている。
さらに言えば、プラチナプリントは豊かな階調、立体感、深みや奥行きを与えることから鑑賞者が引き込まれるような錯覚を起こす。そして広い階調の表現ができることより、生き生きとした臨場感を表現することができる。
また上述したように、プラチナは他の金属より安定をしていることから、ゆうに数百年の耐久性があると言われている。

このようにプラチナプリントの長所は多くあるのだが、そのテクニックの難しさもまた特徴の一つであり、誰もが手を出すことのできないことも魅力と言えるかもしれない。
プラチナプリントはプラチナの印画紙に画像を定着されることから呼ばれる名称である。しかしながら、プラチナ印画紙は市販されていない。つまり、プラチナ印画紙を自ら手作りすることから始めなくてはならない。
様々な薬剤を実験と経験をもとに調合し、支持体に塗布して印画紙を作る。

支持体とはもちろん紙のことであるが、榎本敏雄は土佐白金純雁皮紙(雁皮100%)を使用している。
和紙の保存性、美しさ、丈夫さは世界的にみても比類ないマテリアルである。
彼の使用する雁皮紙は特別な美しさと薄さを誇るが、透けるほどの薄さゆえに、そのプリントの困難さは筆舌に尽くし難い。

プラチナプリントの説明についてはここまでとし、榎本敏雄がなぜ桜を追い続け、そしてプラチナプリントにチャレンジし続けるのか、彼の作品コンセプトに目を向けたい。

桜は日本の伝統、文化であり、また精神そのものであるが、榎本の作品はその美しさや精神性をさらに追求していると言えるのではないだろうか。
当ギャラリーの2012年の展示、“かぎろい”でも語ったが、日が登る瞬間の一日のもっとも静まりかえり、また動植物が目覚め始まるその時に、彼はすでに明確な視線をモチーフに向けている。
榎本敏雄は言う。
“自然の偉大さ、不思議さ、雄大さに時として目を奪われ、感動とともにシャッターを押していることがある。しかしそうして出来上がった作品は、自然の中にのみこまれ、その本当の佇まいを決して伝えてはくれない。
自分が自然な中に一体化できるほどの精神的静寂を持ってモチーフに立ち向かえて初めて作品は、その美しさ、優美さ、儚さを見る人々に伝えることができると、私は考えている。“

研ぎ澄まされた静謐な空気が満ちた一日の始まりには、満開に咲き誇った桜を見る見物客はいない。あるいは清涼な山の息吹を感じつつ 、深山幽谷にぽつねんと咲く山桜を見る人はどこにもない。
その前にいるのは彼一人である。

桜たちの狂気に近い圧倒的な美、無垢で清らかな姿を前に、シャッターを押す手を止めることができるのだろうか。
その感動を受け止められるだけ受け止め、精神的同化をしようとする彼の無の境地は、ほぼ信仰に近いのではないかとさえ思う。

さらに榎本敏雄のプラチナプリントへの探求は、彼のプラチナプリントを完成させるために書き留めたノートを見るとその紆余曲折を知ることができる。
透けるほどに薄い土佐白金純雁皮紙に、 彼の作品を完璧に写し出すために、多くの失敗をし、挫折を感じたと彼は言う。

彼の一意専心の桜シリーズを豊かな階調と深みで生き生きと表現できるプラチナプリントは彼の念願であったと思われる。
さらに数百年もの耐久性を持つプリントの性質と世界に誇る美しく丈夫な日本の和紙の組み合わせは、アート写真の最高峰とも言えるのではないだろうか。

毎年咲き誇る桜はたった1週間で儚く散っていく。それを人生に見立て、愛でるとともに、盛者必衰を思い起こし、散っていった過去の人々へ気持ちを寄せる。
これほどまでに愛され、人の思いを投影された植物はあるだろうか。
そしてここまで真摯で研ぎ澄まされた桜を撮った写真家がいるだろうか。

ぜひ榎本敏雄の円熟の作品を当ギャラリーにて堪能していただきたい。